パンデミックの脅威(その8)…免疫の主役「キラーT細胞」

 新型コロナウィルスを強力に撃退する細胞の力に注目が集まっています。ウィルスに感染した細胞を探して壊す「キラーT細胞」です。変異ウィルスにも対応しやすい力を持つほか、高い効果を発揮するmRNAワクチンを支えている可能性があります。抗体と並ぶ「免疫の主役」として、今後の治療や感染防止対策のカギを握りそうです。

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 人間がウィルスなどの病原体から身を守るために持つのが免疫システムです。強い免疫には2種類あります。抗体が活躍する体液性免疫と、細胞が直接ウィルスの排除に関わる細胞性免疫です。

1. このうち抗体は、免疫細胞が作り出すもので、ウィルスに結合し、細胞への侵入を防ぎます。抗体は1つの細胞がたくさん作るので、効率良くウィルスを除去できる半面、少しでもウィルスの表面のタンパク質が変化すると、結合しにくくなり、効果が弱まる恐れがあります。

2. 一方、細胞性免疫の主役はキラーT細胞です。ウィルスに感染した細胞を見つけて細胞ごと破壊するパワフルな細胞です。新型コロナとの闘いで、このキラーT細胞が重要な役割を果たしているという研究成果が相次いでいます。

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 キラーT細胞とは、免疫反応を担う細胞の一種です。ウィルスなどの病原体が感染細胞の中で増織して外に出る前に、細菌ごと殺します。結果的に病原体は増えません。抗体はウィルスとくっついて細胞に入れなくするため、ウィルスを排除する仕組みが異なります。キラーT細胞は体中の粘膜にいるとされています。敵の形状を覚えたキラーT細胞は、ウィルスに感染した細胞がいたらすぐに出動します。健康な細胞は殺しません。


 キラーT細胞が、世界中で猛威をふるう変異ウィルスを細胞ごと死滅させる可能性が高いことがわかってきました。米国立衛生研究所や米ジョンズ・ホプキンス大学は、通常の新型コロナに感染して回復した30人の血液中のキラーT細胞を分析しました。2021年3月に発表した結果によりますと、英国型、ブラジル型、南アフリカ型の変異ウィルスに対して、キラーT細胞が認識・反応できることがわかったといいます。

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 キラーT細胞は、変異ウィルスの変異していない部分も認識します。免疫に詳しい英インペリアル・カレッジ・ロンドンのO教授は「変異ウィルスに対してもキラーT細胞は反応して、排除しているとみられる」と話しています。さらにキラーT細胞は、新型コロナのワクチンが、変異ウィルスの感染阻止や発症予防にも効力を発揮している理由になっていそうです。

 米ファイザーや米モデルナの新型コロナ用のワクチンは、ウィルスの遺伝情報(メッセンジャーRNA)を体内に注射し、人工的に抗体を作ります。この抗体は一部の変異ウィルスにはくっつきにくいとされています。一方で、ワクチンからできたタンパク質キラーT細胞を活発にさせると、感染細胞を壊している可能性があると言われています。

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 米ラホヤ免疫研究所などは、ワクチンを接種した19人の血液を分析し、2021年3月に結果を発表しました。血中のキラーT細胞が、英国型、ブラジル型、カリフォルニア型の変異ウィルスのすべてで認識できたと述べています。抗体が効かなくても、キラーT細胞が働いてワクチンの効力を発揮しているという見方が出てきました。

 さらに、症状が異なる50人の患者の血液を調べた結果、キラーT細胞などがウィルスの除去や重症化を防ぐために重要とみています。

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 キラーT細胞は重症化防止にも威力を発揮している可能性も見えてきた。英ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンなどの研究グループは、審査前の論文でキラーT細胞が感染してすぐに働くと重症化を防ぐ可能性があると報告した。

 新型コロナ感染後、軽症もしくは無症状ですんだ41人を対象に血液を分析したところ、感染後早い時期にキラーT細胞が増殖していました。初期に増殖できた理由について研究グループは、普通の風邪を起こすコロナに感染した記憶が残っており早く増殖できたなどの可能性を指摘しています。

 ただ、抗体の量は容易に測定できますが、キラーT細胞は専門的な技術が必要で、手間もコストもかかります。キラーT細胞を人工的に増やす薬剤なども現在のところありません。キラーT細胞を治療や対策に生かす技術開発は、コロナ克服に向けて重要視されそうです。

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 治療用のキラーT細胞を人工的に作る試みが国内で進も進んでいます。京都大学ウィルス・再生医科学研究所や藤田医科大などはiPS細胞を用いてキラーT細胞作製に取り組んでいます。

 感染して回復した人のキラーT細胞から、感染細胞を認識するタンパク質を作る遺伝子を特定し、他人のiPS細胞に組み込んだ上で、キラーT細胞に変化させます。できたiPS細胞を感染した人に移植して、体内の新型コロナウィルス増殖を抑えることを狙っています。

 2021年度中に遺伝子を見つけ出し、2~3年後の実用化を目指しています。京都大学のK教授は「この方法は他のウィルスにも応用が可能だ。今後新たなパンデミックが起きた際にも対応できるだろう」と話しています。皆さんはどう思われますか。



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