パンデミックの脅威(その11)…迫りくる首都直下地震と南海トラフ大地震
[首都直下地震]
最悪の場合、死者2万3000人、経済被害は95兆円に達すると言われる首都直下地震ですが、発生確率は今後30年間に70%とされています。本当に起きるのか、想定の根拠は何かについて調べて行くと、背景には関東南部直下などを繰り返し襲った地震の歴史がありました。
2014年、政府の地震調査委員会が示した「今後30年で70%」という数字ですが、これは過去に発生した8つの大地震を根拠にしています。
原典:内閣府
① 1782年 8月23日 「天明小田原地震」(M7.0)
② 1853年 3月11日 「嘉永小田原地震」(M6.7)
③ 1855年11月11日 「安政江戸地震」(M6.9)
④ 1894年 6月20日 「明治東京地震」(M7.0)
⑤ 1894年10月 7日 「東京湾付近の地震」(M6.7)
⑥ 1895年 1月18日 「茨城県南部の地震」(M7.2)
⑦ 1921年12月 8日 「茨城県南部の地震」(M7.0)
⑧ 1922年 4月26日 「浦賀水道付近の地震」(M6.8)
この8つの大地震は1703年の「元禄関東地震」(M8.2)と1923年の「大正関東地震(=大正の関東大震災)」(M7.9)の間に発生しています。
関東南部の沖合には「相模トラフ」があり南からフィリピン海プレートが沈みこんでいます。「元禄関東地震」と「関東大震災」はいずれもこのプレートの境目「相模トラフ」で発生した“巨大地震”です。特に大きかった2つの地震の間に起きた8つの地震は、規模は小さいですがマグニチュード7前後あって、「相模トラフ」ではなく、多くの人が住む地域の直下で発生し大きな被害をもたらしています。
8つの大地震のうち首都直下地震に特に類似するとされるのが1855年の「安政江戸地震」です。ペリー提督が黒船で来航した2年後、第13代将軍 徳川家定の時代に発生しました。東京湾北西部が震源と考えられ、当時の江戸の広い範囲が激しい揺れに襲われました。特に江戸城の東側、いまは超高層ビルが建ち並ぶ東京 千代田区丸の内のほか、墨田区、江東区、それに横浜市などで揺れが強かったとされています。およそ1万5,000軒の家屋が倒壊し火災も発生。死者は7,000人以上に上ったとされています。
地震調査委員会は「元禄関東地震」から「関東大震災」までの220年間を1つのサイクルとして、今後のマグニチュード7クラスの大地震の発生確率を予測しています。220年の間に8回発生しているため、単純に計算すると27.5年に1回。これをもとに地震学で用いられる将来予測の計算式に当てはめると「今後30年以内に70%」という発生確率が導き出されます。震源は特定せず領域内のどこかで発生するものと推定されています。
切迫する首都直下地震
専門家の中には以下の指摘する人もいます。220年間をよく見ると地震活動の“静穏期”と“活動期”があります。期間前半の100年間は1782年の「天明小田原地震」だけですが、期間後半では「関東大震災」の前年とその前年に合わせて2回、それに1894年から翌年にかけては3回などと大地震が相次いでいます。「関東大震災」からことしで100年近くが経過し、これから活動期に入ると指摘されているのです。
さらに歴史をさかのぼって大地震を指摘する声もあります。今から1100年余り前の9世紀のことです。
▽ 869年「貞観(じょうがん)地震」
▽ 878年「元慶(がんぎょう)関東地震」
▽ 887年「仁和(にんな)地震」
「貞観地震」は東北の太平洋沖合で起きたマグニチュード8を超える巨大地震です。沿岸に大津波が押し寄せ、2011年の東日本大震災に類似しているとされています。その9年後、当時の相模国、武蔵国(いまの関東南部)に激しい揺れをもたらした「元慶関東地震(相模・武蔵地震)」が発生しました。「貞観地震」を2011年の「東日本大震災」と仮定すると、「首都直下地震」にあたる「元慶関東地震」の発生した9年後は2020年になります。
これらは限られた歴史記録をもとにした推測にすぎませんが、歴史的におきたことでもあります。首都の中枢機能に大きな影響をもたらし深刻な被害が想定されている「首都直下地震」は、いつ起きてもおかしくないと考えて備える必要があります。
首都直下地震の概要
「首都直下地震」は、政府の地震調査委員会が今後30年以内に70パーセントの確率で起きると予測している、マグニチュード7程度の大地震です。異なる震源の複数の地震が想定され、このうち首都中枢機能への影響が最も大きいと考えられるのが、都心南部の直下で起きるマグニチュード7.3の大地震です。
東京、千葉、埼玉、神奈川の4つの都県では、震度6強の激しい揺れが想定されています。死者2万3,000人、経済被害95兆円です。冬の夕方、風が強い最悪の場合は、全壊または焼失する建物は61万棟に上り、このうち火災で焼失するのはおよそ41万2,000棟とされています。電気や上下水道などのライフラインや交通への影響が長期化し、都心の一般道は激しい交通渋滞が数週間継続するほか、鉄道も1週間から1か月程度運転ができない状態が続くおそれがあるとしています。経済被害は、建物が壊れるなど直接的な被害は42兆円余り、企業の生産活動やサービスが低下する間接的な被害は48兆円近くで、そのほかも合わせて95兆円と国の年間予算に匹敵するとされています。
[南海トラフ大地震]
地球の表面は「プレート」と呼ばれる十数枚の岩板に覆われています。それらは少しずつ動いていて、海のプレートが陸のプレートの下に沈み込んでいる境界線もあれば、陸のプレート同士がぶつかり合って隆起しているところも。その影響で、プレートの境界あたりでは地震活動や火山活動が多く発生します。
海のプレートであるフィリピン海プレートが、陸のプレートであるユーラシアプレートの下に潜り込んでいく境界線が、南海トラフです。日本周辺には4つのプレート(ユーラシアプレート、北米プレート、太平洋プレート、フィリピン海プレート)が密集しています。フィリピン海プレートは、ユーラシアプレートの方向に進んでいて、最後はユーラシアプレートの下に沈み込んでいきます。この2枚のプレートの境界線は、海底を走る細長い溝になっています。この東海地方から紀伊半島、四国にかけての南方沖約100kmをほぼ東西に走る、海底にある長さ700kmの細長い溝が「南海トラフ」と呼ばれているものです(トラフとは海底地形のうち細長い凹地のことを意味します)。
海底の大陸プレートを押し曲げながら、海洋プレートが沈み込んでいきますが、大陸プレートの「ひずみ」が限界に達して、一気に跳ね返ることで地震と津波が発生します。海のプレート(フィリピン海プレート)が沈み込んでいくとき、同時に陸のプレート(ユーラシアプレート)は引きずり込まれ、少しずつ「ひずみ」を蓄積していきます。そして限界点に達すると、陸のプレートは「ひずみ」を解放して、一気に元の状態に戻ろうとします。この跳ね返りはプレート間の境界で大規模な破壊を起こし、それが大地震として私たちに伝わるのです。
このタイプの地震は海底で起こるため「海溝型地震」と呼ばれます。M8クラス以上の巨大地震になることが多く、広範囲にわたって被害をもたらし、大津波が発生しやすいのが特徴です。東日本大震災を起こした2011年の東北地方太平洋沖地震も、この海溝型地震でした。
南海トラフは、「東海」「東南海」「南海」という3つの震源域に分けられています(さらに西側に広がる日向灘までを含める説も多い)。この複数の震源域は、短期間のうちに連動する形で過去に何度も大地震を起こしていることから、今後も大震災の引き金になるものとして危険視されています。この一連の大地震こそが、総称して「南海トラフ地震」と呼ばれている天災の正体です。
なお南海トラフ地震の発生パターンは毎回大きく異なり、東海・東南海・南海すべての震源域で同時に発生したこともあれば、数年の時間差で次々と揺れたこともありました。そのため、震源域を個別に見るのではなく、南海トラフは連動しながら一体となって揺れるものとして考えるのが一般的です。
静岡県の駿河湾から、四国最南端の足摺岬の沖合に広がる南海トラフでは、過去に100〜150年の周期でM8.0〜8.7規模の巨大地震が繰り返し起こってきました。このことから、前回の南海トラフ地震(1944年の昭和東南海地震および1946年の昭和南海地震)が発生してから80年近くが経過した現在、つぎの南海トラフ地震は目前にまで差し迫っていると警鐘が鳴らされているのです。
一方で、2011年に東北地方太平洋沖地震が発生したことは、わずか数百年のデータから地震の規則性を見出し、次に起こる地震・津波の発生時期・規模を想定することの難しさを示す教訓となりました。また過去に南海トラフ地震が発生した地域で、地層中の津波堆積物を調査したところ、歴史上の記録をはるかに上回る巨大地震が有史以前に発生していたことを示唆する証拠が見つかっています。このことからも、やはり人類史上に残っている記録だけを頼りに災害の発生時期・規模を予測するのは難しいとされています。
地震大国である日本では、長年にわたって地震を予知するための研究も行われてきました。それでも現在の科学的知見からは、地震発生の日時・場所・規模を当てる「予知」は不可能とされています。とはいえ、周期的に発生するタイプの地震は、地震が起きていない期間が長くなるほど発生確率が高まります。
政府の地震調査委員会は2024年1月、南海トラフ周辺で今後M8.0〜9.0の巨大地震が発生する確率を、10年以内では「30%程度」、30年以内では「70〜80%程度」、50年以内では「90%程度もしくはそれ以上」として発表しました。その被害は、四国や近畿、東海などの広域に及び、東日本大震災を大きく上回ると想定しています。皆さんどう思われますか。