パンデミックの脅威(その12)…我が街四日市の地震被害想定
南海トラフ巨大地震
政府の地震調査委員会は2024年1月、南海トラフ周辺で今後M8.0〜9.0の巨大地震が発生する確率を、10年以内では「30%程度」、30年以内では「70〜80%程度」、50年以内では「90%程度もしくはそれ以上」として発表しました。
公表されている南海トラフ巨大地震の想定は、最大規模のものを公表したもので、1,000年に1度の地震に相当します。これによれば、マグニチュードはM8.9からM9に変更されました。四日市市の震度はこれまで通り6強ですが、津波の高さがこれまでは2.5mであったものが、3.6mに修正されました。鈴鹿地区もこれに近いものと思われます。
一方、BCPの策定に当たっては、M7、M8レベルの100年に1回の地震を対象に対策をとるのか、M9レベルの1000年に1回の地震を対象に対策を取るのでしょうか。因みに、M7とM9ではエネルギーは1,000倍違います。桁違いにM9のエネルギーは大きいのです。結論は、両方の場合を考えておくということになります。例えば、避難場所や安否確認という問題は、これは命の問題ですから、M9の1,000年に一度の被害を想定した方が良いと思います。また、工場の揺れ対策は、費用がかかりますので、M7程度の100年に一度の場合を想定して対策を取った方が現実的であろうかと思います。
私達が生活する三重県四日市市は南海トラフの大地震の影響を受ける地域であるので、BCPを策定する上で必要となる地震による被害想定を試みました。
[四日市地区の地震被害想定]
・被害想定に当たって準備すべきもの
四日市地区の被害想定に当って、次のものを準備しました。
・ 県の出している地震防災ガイドブック
・ 四日市市防災マップ
・ 四日市市津波避難マップ
・ わが家の防災情報シート
・ 四日市液状化危険分布図
の5点です。これだけのものがあれば、十分に被害想定は可能です。皆様もこういった資料を市役所等へ行って是非入手して下さい。
・被害想定
さて、被害想定を行なうに当って、皆さん何を考えて行きますか。
私の場合は、揺れ、津波、液状化、火災を考えました。揺れについては、建家の崩壊や山崩れ、道路の寸断を考えなければなりません。津波では、自分の会社は海岸に近いのか、内陸部なのか。内陸でも津波の侵入があるのか。液状化では、自分の会社は埋立地に建ってといるのか、また、地層はどうなっているのか。火災については、近くにコンビナートはあるのか、どの様な時間帯に地震は起こるのか、等考えなければならないことは山ほどあります。
・揺れによる被害
この表は、県の出している地震防災ガイドブックに載っている、「地震に対する揺れと被害の関係」を示した表です。色々書いてありますが、重要なのはこの赤線で囲ってある部分です。すなわち、震度6弱から震度6強、震度7の3つの部分です。これから言えることは、建屋に耐震工事がしてないと、震度6弱、震度6強では一部崩壊があり、震度7では完全崩壊が起こると言うことです。
・震度と被害の相関
耐震工事の話しが出たので、これについて少し考えてみます。ここに消防庁が調査したデータがあります。東日本大震災での地震による震度階級別被災率というものです。これを見ると、被災施設数は震度5強以下の場合に比べて、震度6弱、震度6強、震度7では、俄然多くなっています。
これは震度6弱、震度6強、震度7は、耐震工事がしてないと、家屋は大きく倒壊しますよということを表しています。皆さんがBCPを作成するに当り、100年に1度の地震で発生する震度6強とか震度7の揺れを対象に対策を取られるのであれば、耐震工事は必須となります。
耐震工事には3等級あるそうですが、建築基準法で定めた最低レベルのものでも、一応は震度6強から震度7に耐える構造になっていると考えて良いようです。ただ問題は、建屋が古くて耐震工事を受けても建築基準法で定められたレベルに到達しない場合です。こういうものも、結構あるようです。この場合はどうしようもありません。また、耐震工事費も民家で200万円~500万円、工場になると1,000万円位ですかね。馬鹿になりません。
・活断層マップ広域
次に、活断層について見てみます。これは三重県の広域の活断層マップです。この地域にも、幾つもの活断層があります。活断層の丁度真上に建物がある場合には、例えマグニチュードが小さくても、大きな被害が出ると言われています。直下型地震の恐れられる所以です。阪神・淡路大震災では、M7.3とマグニチュードはそれほど大きくなかったのですが、直下型で震度7の揺れを出した地域が多くあり、大参事となりました。
・四日市近傍の活断層マップ
これは四日市近傍の活断層マップを示したものです。鈴鹿も含めたこの近辺には、養老-桑名-四日市断層帯と鈴鹿東縁断層帯および鈴鹿沖断層の3本が走っています。幾つかの地点では震度6強や震度7が予想されていますので、この近くに住んでおられる方は十分注意して下さい。
・阪神・淡路大震災での被害状況
ここで、具体的な倒壊・崩壊の状況を見てみます。これは、平成7年(1995)の阪神・淡路大震災での、震度7地域の被害状況です。耐震工事の施されていない民家はぐちゃぐちゃになり、またコンクリートのビルも途中の階が押し潰され大きく痛んでいます。
・新潟県中越地震での被害状況
これは平成16年(2004)の新潟県中越地震での震度6強および震度7の被害状況です。やはり耐震工事の施されていない民家はぐちゃぐちゃになり、道路は大きく崩れてしまいます。
・東海道新幹線の被害
ここで少し揺れについて、皆さんと一緒に考えてみたい問題があります。それは新幹線についてです。東日本大震災において、最大震度7の巨大地震が発生しても、東北新幹線では1つの脱線も起こりませんでした。これこそ、「日本の新幹線の安全性を示すものだ。」と、鼻高々に自慢する人々がいます。皆さんこの言葉を信じますか。
今後30年以内に87%以上の確率でM8クラスの東海・東南海・南海の3連動地震が、西日本を襲うと想定されています。そのような状況の中、本当に我々が良く利用する東海道新幹線は安全であると言えるのかを皆さんと一緒に検討してみたいと思います。
図は地震が発生した時の時間の経過と震源からの距離を模式的に示したものです。震源からは、速さの違う2種類の波が同心円状に伝わります。初めの小さなゆれは初期微動でP波と呼ばれます。P波の速さは約8km/秒です。
一方、初期微動に続く大きなゆれは、主要動でS波と呼ばれます。S波の速さは約4km/秒で、P波の約半分の速さです。これはどの地点でも、まず初期微動がやって来て、しばらくして、大きな揺れが襲って来ることを意味します。この図で重要なポイントは、震源からの距離が近くなるほど、初期微動継続時間は短くなるという点です。すなわち、初期微動のあと本震がすぐにやって来るということです。
さて、P波、S波の予備知識が入ったところで、再度図を見て下さい。図は、東北新幹線と東海道新幹線について、その走っている場所と日本を取り巻くプレート境界の位置関係を示したものです。それによれば、東北新幹線は震源地から最短でも150km離れた所を走っているのに対し、東海道新幹線は、プレート境界がすぐ傍を走っていたり、場所によってはプレート境界上を走っている場所もあります。震源地からの距離は東北新幹線に比べものにならないほど近いことになります。
最高速度270km/hで走る新幹線が、緊急停止に要する時間は約90秒と言われています。90秒もかかるのです。今回の東日本巨大地震で、東北新幹線は、新幹線早期地震検知システムによってP波が検知され、次の主要動であるS波がやって来るまでに30秒間の余裕があったそうです。そのため、速度を緩める余裕があり、ほとんどの列車が100km/h以下まで速度が落とすことができ、事故は発生しなかったそうです。
しかし、東海道新幹線の場合には、そうは行きません。本震が来た時には、最高速度で走っているという最悪の場合が十分に想定できます。脱線確実です。もう新幹線は怖くて乗れません。皆さんも、もし乗っている時に地震に出会ったら、本当に運が悪かったと諦めて下さい。
・津波による被害想定
それでは次に津波について考えて見たいと思います。
四日市市でも幾つかの災害マップを準備しています。これは2011年10月に作られた四日市の津波避難マップです。
これの見方はこうです。マップの中に青と赤の2本のラインがあります。青のライン以内に住んでいる人は、津波が来たら避難をして下さいと呼びかけているラインです。青色ラインの内であっても、年寄りなど遠くへの避難が難しい人や、避難が遅れた場合は近くの津波避難ビルや高台に逃げて欲しいと市は呼びかけています。一方、赤のラインは、海抜5mラインを示しています。青色のライン内にいる人は、この海抜5mの辺りまで逃げれば安心ですよ、と言っているわけです。津波の四日市への到達時間は、0.5mが86分、満潮時3.6mが118分後ですので、逃げる時間は十分あります。
ところで、避難できないお年寄りや介護者をどうしろと言うんでしょうかね。例えば、車椅子に乗っている人が避難ビルに逃げて来たとしても、1階から上階へどうやって上がるんですかね。
・海岸沿いの津波被害
津波の被害例を少し紹介します。2011年3月11日に東日本で起こった巨大地震で、何と言っても我々を震え上がらせたのは、巨大津波の発生でした。これで海岸沿いの住居が壊滅しました。また多くの人々が亡くなりました。最大の津波高さは女川で18.3mでした。
津波による被害を見ていて感じることは、津波に遭遇すれば、一瞬にして多くの命が亡くなり、避難できた人だけが助かるということです。怪我をするという中間はありません。正にゼロサムの世界です。だから、津波は恐ろしいし、何としても避難ルートを確保しておく必要があります。
・内陸奥への津波被害
また、内陸部への浸水は最大6kmとなっています。これによって多くの農地が甚大な被害を受けました。広大な農地が塩水を被ることになり、塩害が発生し、農作業ができなくなってしまいました。未だに塩害を受けた農地の再生は進んでいません。
・津波の高さと被害の関係
この表は津波の高さと被害の関係を示したものです。木造家屋はたったの2mで全面破壊となります。石造家屋は8mで全面破壊となります。10m以上が来たらもう手の施しようがありません。DIG演習での想定では5mですから、まあ、3階建てのコンクリート造りのビルであれば、そこへ逃げれば何とかなりそうです。
・福島第一原発の立地
津波についても、皆さんと一緒に考えたい問題があります。これは福島第一原発と女川原発の位置関係を示したものです。同じ様に15m前後の津波を受けながら、片や深刻な事態に陥った福島第一原発と軽微なトラブルで済んだ東北の女川原発。何が明暗を分けたのでしょうか。
福島第一原発が敷地の高さを海水面から10mに設定していたのに対し、女川原発は15mの高さに設定していたため、致命的な打撃を避けられたのです。なぜ、福島第一原発は敷地の高さを海水面から10mに設定したのでしょうか。東京電力は、地盤の強度や原子炉を冷やす海水の取り入れやすさを考慮した結果、図に示しますように地表から25mも土を削って海水面から10mの位置に原発を建設したと言っています。
当初、台地を削らず建屋をその面に建て、基礎部分の埋め立て補強を25m下の泥岩層までやると言う案もあったそうです。しかし、その案は没になりました。なぜそうしなかったのでしょうか。それはお金の問題が絡んでいたのです。工事費の問題です。これは我々も直面する問題です。しかし、原子力発電所の場合には、人命が関わってきますので、1,000年に1回の津波対策をすべきだと思います。完全な津波対策を取っておくべきでした。皆さんどう思われますか。
・液状化の被害想定
揺れ、津波と見て来ました。次に液状化について考えてみたいと思います。下図はコンビナート境界線・四日市市液状化危険度分布図です。
BCP策定で苦労した点は、液状化の判断についてでした。液状化は、まずは埋め立てがなされた土地かどうかで決まります。明治3年頃から、四日市は港湾の埋め立てが始まり、現在はここに示すような状況になっています。昔の海岸線がここにあり、コンビナート地区の液状化は免れないと判断されます。
一方、これが液状化に対するハザードマップですが、コンビナート地区のみならず、四日市市のかなりの領域で液状化を被むることになっています。私の事業所は×印がつけてあるところに位置していますが、もろに液状化を受けることになっています。四日市はこんなに液状化に弱い土地柄だったのでしょうか、心配になり、色々と調べてみました。
・歌川広重 東海道五十三次
これだけのデータでは納得がいかなくて、液状化についてもう少し歴史的な経緯を調べてみました。
これが江戸時代、1823年に歌川広重によって描かれた東海道53次での「風の四日市」で有名な浮世絵です。ここで注目したいのは、バックの景色です。葦が生えているので東海道の周りは湿地帯であることが分かります。これは200年前の話です。その後、四日市の地は埋め立てられたと推定されます。
・噴砂の記録
その後の古文書に噴砂の記録が残っておりまして、これがその噴砂のあった地域を示しています。1819年から1944年にかけての記録です。私の事業所は、過去の液状化の起こった地域にもろに重なります。これはえらいことだということで、自分の事業所がある場所の地層がどうなっているのかをもっと調べることにしました。
・東邦地水のボーリング地点
これは東邦地水という会社がボーリングをした場所を示しています。すでに四日市市の多くの場所で調査は行われています。事業所のある中町のデータもうまい具合に見付かりました。
・ボーリング柱状図
これは私が家のある中町の柱状図ですが、まず液状化は20m以上の深さではおこらないそうです。また、粘土層(シルト)でも起こりません。従って、砂地であるこの部分が判断のポイントになりそうです。ここにN28~N33とありますが、N値とは、標準貫入試験法で、サンプラーを地中に30cm貫入させるのに、必要な打撃回数を示しています。これまでの経験上、N15~N20では、やや液状化が心配な範囲にありますが、N28~N33では液状化の心配はないとのことでした。ややほっとしました。
皆様も一度自分の会社の地盤がどのようになっているか調べる必要があります。図書館へ行けば、この本がありますので調べてみて下さい。市が発行した「四日市市の土地分類」という資料です。ただ、液状化対策をするとなると、民家で1,000~2,000万円します。工場ですと1億円以上かかるでしょう。
・コンビナート被害について
私が家は四日市のコンビナートの近くにありますので、次にコンビナートの被害想定を考えてみました。
東日本大震災でのコンビナート災害をまず見てみます。千葉県市原市、福島県いわき市、茨城県鹿島市、宮城県仙台市のコンビナートが被災しましたが、最も被害の大きかったのが、コスモ石油千葉製油所のLPGタンク爆発炎上でした。17基中2基だけ残り、あとは全部炎上しました。その2基は、遮断弁とスプリンクラーが上手く作動したものでした。但し、これらは手動によって行われたということです。
・火災の原因
火災の原因を見てみますと、次の通りです。LPGタンクの水張り検査中に地震が来ました。水が張ってあったため、重心が高くなり、タンクを支える支柱が座屈を起こしてタンクが倒れました。その際、タンクに接続する配管系が引張られ、破損しました。LPGが破損部より大量に漏洩し、一帯が可燃ガス化しました。静電気と思われる出火原因で、大規模爆発となりました。
・四日市コンビナート
千葉は民家まで3~4km離れていたそうですが、それでも破片が飛んできたそうです。四日市はどうでしょうか。コンビナート内に民家があります。恐らく何かがおこるでしょう。火災の危険は大いに考えられます。十分注意して下さい。
皆さんがこれからDIGを進めるに当り、私の方から提供できる被害想定についての判断材料はこれで全てです。襲ってくる地震の規模が条件として与えられてDIGを行う場合、どのデータを採択して、自分の会社に当て嵌めるか、それは皆さんの判断でやらなければなりません。決して人の言うなりにならないで下さい。以上で私の講義は終わります。