脱炭素革命(その3)…日本、EU、米国、中国の脱炭素戦略比較

 
 気候変動危機を前にして、世界136カ国が2050年までのカーボンニュートラルにコミットしています。日本も、その一国として、温室効果ガス排出量を2030年までに2013年比で46%削減するという目標を掲げ、カーボンニュートラル実現に向けた歩みを進めています。

 下図は各国のカーボンニュートラル向けた対応を比較して示したものです。日本と英国がこの2050年カーボンニュートラルを法定化しているのに対し、EUは長期戦略として掲げ、米国は大統領公約として打ち出しています。また中国は、2060年カーボンニュートラルを国連演説で明示しました。これを見る限り各国の足並みは揃っているといえます。

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日本の脱炭素戦略

 政府は、2021年6月に、「2050年カーボンニュートラル」を達成するために成長が期待される14の産業の現状と課題を整理したグリーン成長戦略を発表しました。この戦略の一つとして、2兆円のグリーンイノベーション基金を造成し、蓄電池、洋上風力発電、次世代太陽電池、水素、カーボンリサイクルなど、サーキュラーエコノミーに不可欠な分野を対象とし、カーボンニュートラルに向けた企業のイノベーションを支援しています。今後、産業として成長が期待され、なおかつ温室効果ガスの排出を削減する観点からも取り組みが不可欠と考えられる分野として、14の重要分野を設定しています。

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 さらに、2021年10月には、国の地球温暖化対策計画が5年ぶりに改訂され、産業構造の変革と経済成長の両立を叶える具体的な取り組みが進められています。

欧州連合の脱炭素戦略

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 欧州連合(EU)は、EV向け車載電池の調達を域外に依存しなくてよい戦略的自立を目指し、グリーン政策予算の多くを経済不振にあえぐ地方に振り向けようとしています。また、欧州連合(EU)は脱炭素に向けた産業分野で、中国依存を減らす姿勢を鮮明にし始めています。EUの執行機関である欧州委員会は中国製の風力発電タービンを巡り、中国政府による補助金支援で欧州は競争が阻害されていないか調査するようです。中国製電気自動車(EV)へのEUの調査に対し、中国は「公正な競争という名を借りた産業保護だ」と強く反発しています。EUと中国の関係悪化がさらに進む可能性がありますが、それでもEUは域内産業や雇用保護を優先する方針を採っています。

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 「我々の風力産業は欧州のサクセスストーリーだ」と、フォンデアライエン欧州委員長は、欧州議会での演説でこう強調しました。風力やEVといった「クリーンテック産業はメード・イン・ヨーロッパでなければならない」と訴えました。EU首脳らは2024年6月の欧州議会選を強く意識しているとみられます。EUは近年、野心的な気候変動対策を掲げて再生可能エネルギーの大量購入を推進しています。ただその結果、域内の企業が海外勢に競り負け、雇用が打撃を受ければポピュリスト(大衆迎合主義者)政党が勢いづきかねません。最近、欧州議会では主要会派からも欧州委主導の環境政策の行き過ぎを批判する声が上がっています。脱炭素と産業、雇用の維持の両立を積極的にアピールし、支持を取り戻したい思惑も透けます。

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 風力発電タービンはデンマークのべスクタスとスペインのシーメンスガメサ・リニューアブル・エナジー(SGRE)、米ゼネラル・エレクトリック(GE)が世界シェアの大半を押えていました。しかし、国際団体の世界風力会議(GWEC)の調査では、2022年には金風科技(ゴールドウィンド)など中国勢のシェアが6割弱に達し、欧米勢を上回りました。

 欧州の業界団体ウィンドヨーロッパのジャイルズ・ディクソン会長は2023年9月中旬、セルビアの風力発電の入札で中国製タービンの納入がきまった点を問題視しました。「中国製が低価格で提供できるのは、後払いが認められているからだ」と指摘した上で「欧州のエネルギー安全保障を損なう」と非難していました。もっとも中国勢の台頭を許した背景には欧州勢の自滅もあります。インフレや資材・輸送費の上昇から採算が悪化したからです。

米国の脱炭素戦略

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 米国でもバイデン大統領自身が2023年に打ち出したグリーン計画で雇用創出と国内製造企業の保護を優先事項にしています。気候変動対策としての狙いが曖昧になり保護主義色を帯びると、必要な投資の足かせとなります。

 米国は、気候変動を生存基盤に関わる脅威であるとし、気候変動対策をコロナ対策、経済回復、人種平等と並ぶ最重要課題の一つとして重視しています。また、気候への配慮を外交政策と国家安全保障の不可欠な要素に位置付けています。「気候変動への対応、クリーンエネルギーの活用、雇用増」を同時達成する「ウィン・ウィン・ウィン」の実現を目指し、喫緊の課題である雇用政策の観点からも重視しています。

 バイデン政権は2050年までに温室効果ガス排出を実質ゼロに、2035年までに発電部門の温室効果ガス排出をゼロに移行すること、2030年までに洋上風力による再エネ生産量を倍増し、2030年までに国土と海洋の少なくとも30%を保全すること等を目標に掲げています。バイデン大統領は就任初日(2021年1月20日)にパリ協定に復帰を決定し、4月22日には気候サミットを開催するなど、就任直後から様々な政策等を打ち出しています。

中国の脱炭素戦略

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 中国政府は、鉄鉱石や銅などコモディティの国内価格に上限を設けることを2021年から2025年の5カ年計画に盛り込むことを検討中です。中国では、新エネルギー自動車向け補助金などにより、中国の電動車市場は急速に拡大しており、2019年時点で世界市場の約半分を占めています。さらに2025年までに新車販売における新エネルギー車の割合を20%前後に引上げ(現在は約5%)、2035年までに新車販売の主流を電気自動車(EV)とすることを目標としています。2020年11月に新エネ車産業発展計画を公表しました。加えて2021年に、気候変動の影響への適応に係る「国家適応気候変動戦略2035」が策定される予定とされています。

脱炭素戦略に求められる視点

 各国政府はもっと冷静な判断をすべきです。送電網などの主要インフラの建設や研究開発は国家が支援することが不可欠です。だが最優先すべきは下記2つの方法で民間投資の拡大を促すことです。

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 第1は投資計画の実施に伴う規制緩和です。鉱業開発の承認を得るのに必要な年数の世界平均は16年です。米国で風力発電向け用地や海底をリースする承認と許可を得るには一般的に10年かかります。これが米国の洋上風力発電容量が欧州の1%未満である一因です。許認可のスピードを速めるには中央政府による一元的な意思決定が必要です。このことが、よくある「総論賛成、各論反対」で、いざ自分が住む地域で実施されるとなると地元住民や環境活動家の反対を招くことになるとしても、中央政府の意思決定が必要です。

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 第2は各国政府が企業や投資家が抱かえるリスクの面から支援することです。電力の最低価格を保証することなど確実性を高めることも一助となるし、先進各国は途上国の投資を増すべく低金利で融資する義務を負います。だがカギを握るのはカーボンプライシング(炭素の価格付け)の制度の普及です。実現できれば企業は日々、価格の要素を組み込んで様々な意思決定を下せるようになります。起業家や投資家も長期的見通しを立てやすくなります。現在、世界の温暖化ガス排出でカーボンプライシングの対象となっているのは22%にかぎません。国や地域を超えた排出権取引市場も存在しません。

 再生可能エネルギーへの転換に向けて生産活動や文化活動などで,全体の円滑な進行・発展の妨げとなるような様々なボトルネックが生じている現状は、少なくとも脱炭素化が理論から実践段階に移りつつある証拠です。これを革命に変えるために、今、強力な後押しが求められています。皆さんどう思われますか。



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