脱炭素革命(その4)…脱炭素を成長の原動力に据える提案

 2023年に日本経済新聞社と日本経済研究センターが運営する「富士山会合ヤング・フォーラム」は「インド太平洋地域のカーボンニュートラルに向けて」「地方活性化、カギは脱炭素と交通インフラ」と題する2本の提言をまとめました。両者に共通するテーマは「カーボンゼロ」です。2050年に温暖化ガス排出量を実質ゼロにする目標への道筋が不透明な中、インド太平洋地域への貢献や地方の活性化には「脱炭素」に向けた政府の明確な戦略と思い切った支援が必要と指摘しています。

第一の提案「ネットゼロシティ」構築を

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 世界的な脱炭素の流れを受け、インド太平洋地域でも対応が急務となっています。人口増加と化石燃料を中心にエネルギー消費の拡大が続くこの地域で、いかに温暖化ガス排出削減と経済成長を両立させるかが問われます。けん引役を期待される日本が、技術と資金の両面で果たせる役割は大きいと考えられます。

 本提言では技術面の期待に応える「解」として「ネットゼロシティ(NZC)」概念を打ち出しました。街全体で温暖化ガス排出量を実質ゼロにする取組で、日本が従来の都市開発支援に脱炭素技術を組合わせて提供するスキームを想定しています。

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 組み合わせる技術としては、日本が今後強みを発揮できるとみられる次世代型の太陽電池と蓄電池を挙げました。このうち太陽電池では日本発の「ペロブスカイト型」に着目しました。太陽光パネルは現在、中国が圧倒的な生産力を持ちますが、ペロブスカイト型では日本がリードできる可能性があるため、官民一体で実用化を加速するよう訴えています。

 蓄電池も日本が先行して技術革新が見込める分野です。電解液を個体に置き換えた「全個体電池」は現行のリチウムイオン電池に比べ安全性が高く、使用できる温度範囲も広くなっています。リチウムイオン電池のほぼ全ての部材を樹脂にした「全樹脂電池も、発火や爆発の危険性が低く量産コストの低減が可能とされています。

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 提言では、脱炭素実現に加え
① 日本の技術的優位性
② 中国など特定の国の製品への依存度を下げる経済安全保障の観点
③ 持続可能な都市開発へのニーズ

といった様々の論点を検討しています。そのうえで、電気自動車(EV)を含む分散型電源を軸にしたNZCでの協力が支援策としてふさわしいと結論付けました。

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 一方、資金面の支援では「トランジション・ファイナンス(TF)」の重要性を強調しています。インド太平洋地域は欧米と違って電源構成で石炭の比率が高い地域です。また域内でも産業構造や社会情勢、政策の優先順位など状況は大きく異なります。こうした点を踏まえ、使途を再生可能エネルギーなどに限定せず、脱炭素に移行する途中段階の案件に資金を提供するTFの方が同地域のニーズに合うと指摘しました。

 日本政府も2021年5月に「アジア・エネルギー・トランジション・イニシアティブ」を発表するなどインド太平洋地域の脱炭素に向けた現実的な支援に乗り出しています。提言ではこうした政府の姿勢を評価し、取り組みの一段の加速を求めたうえで、民間金融機関にも中長期的な視点でTFを積極化するよう訴えています。

 脱炭素を巡っては、欧州連合(EU)タクソノミーに見られるように基準・ルール作りでは欧米が先行し、関連製品では中韓勢が強い状況です。しかし、産学官が連携してインド太平洋地域の脱炭素を後押ししつつ欧米との橋渡し役を担えば、巻き返しのチャンスは十分にあります。

第2の提案:地方、再生エネで産業創出

 「地方活性化」は我が国が抱かえる長年の課題ですが、進展しているとは言い難い状況です。むしろ地方の活力は総じて減退しているのが実情です。従来の延長線上ではない思い切った対策を講じる必要性は今まで以上に高まっています。

 こうした問題意識から「産業・雇用の創出」に焦点を当てて提言がなされています。これはアカデミックアドバイザーの田中利明・明治大学教授が監修しました。

 「産業・雇用の創出」を論じた第1部では、地方への企業誘致を電力料金の引き下げで実現する方策を検討しています。再生可能エネルギーの価格は固定価格買い取り制度(FIT)の弊害もあって高止まりしていますが、太陽光はコスト削減のメドが立ちつつあります。資源エネルギー庁の試算でも住宅の太陽光発電コストは今後低下する見通しですが、提言では「蓄電池を組み合わせるなどして「地産地消」を実現すれば、さらに下げられる」と主張しています。

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 具体的には、国産品を条件に戸建て住宅への太陽光パネル設置費用を国が全額補助するほか、蓄電池にもなる電気自動車(EV)の購入でも補助制度を拡充します。耕作放棄地などへのパネル設置を可能にする法整備も求めています。余力電力はアグリゲーター(節電仲介業者)が回収して需給を管理し、地域全体が1つの仮想発電所になるイメージです。

 補助金の増額などに異論もあるところですが、ただ、低価格で電力の自給自足を達成し、大都市へ送電もできる地域が増えれば、中長期的に「地方での産業創出に加え、日本全体の電力コスト低下やエネルギー自給率向上にもつながる」と強調しています。

 第2部では地域の生活の質を維持・改善するうえで、公共交通網の重要性に着目しています。実際、2019年の国土交通省「地域交通をめぐる現状と課題」でも、地方では高齢者を中心に将来の不安として「公共交通が減り、自動車が運転できないと生活できない」点を挙げる割合が高くなっています。

 ただ、地方、特に過疎地で公共交通網を維持するのは現実的ではありません。そこで提言ではまず、地方を高度な都市機能が集積する「中核都市」と、日常必要な機能が一通りそろった複数の「小さな拠点」から成る人口30万人規模のクラスターに再編することを提案しています。この拠点間を結ぶ交通インフラの整備を求めています。

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 その際、次世代移動サービス「MaaS(マース)」の導入が有力な選択肢となるようです。「小さな拠点」に役所の出張所などを併設した大型商業施設を置き、ニーズにきめ細かく対応できる移動手段を整えれば、拠点の魅力をさらに高められると指摘しています。

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 財源には拠点の施設での駐車料金を充てるほか、交通空白地域の住民に何らかの税金を課すことも提案しています。過疎地にはさらなる負担となりますが、税収の一部を「オンデマンド交通」導入などで還元するほか、「小さな拠点」への移住促進で都市クラスターを効率化できると訴えています。

 今回は、日本経済新聞社と日本経済研究センターが運営する「富士山会合ヤング・フォーラム」のカーボンニュートラルに関する提案を紹介しました。みなさんどう思いますか。



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