脱炭素革命(その6)…脱炭素が迫る銀行の変革とは
温暖化ガスの排出削減に向け、世界の銀行が変革を迫られています。企業の脱炭素が進まなければ、銀行は融資の貸し倒れなどで収益が悪化しかねないからです。2021年4月22~23日には米国が主催する気候変動サミットが開かれ、将来の温暖化対策の道筋が議論されました。企業への規制強化の流れも強まる見込みで、世界の脱炭素融資が加速する状況です。
グリーン融資、世界で急拡大
「融資先の温暖化ガスを減らせ」と2021年3月中旬、三菱UFJ銀行は京都銀行などと組み、京都市の半導体製造装置メーカーSCREENホールディングと100億円の融資契約を結びました。この契約は温暖化対策の目標を達成すれば融資条件を優遇する仕組みです。SCREENは事業所の二酸化炭素(CO2)排出量を2023年度までに2018年度比10%減らす目標を掲げました。達成すれば融資団は金利を引き下げ。ただ逆に達成できなければ金利を上げることになっています。
このように温暖化対策などと融資条件を連動させる融資は「サステナビリティ・リンク・ローン」(SLL)と呼ばれます。仏BNPパリバなど欧州が先行し、日本でも広がり始めました。2021年3月末、みずほ銀行などが清水建設と結んだ200億円のコミットメントライン(融資枠)契約は、排出削減目標の達成で手数料を下げる仕組みです。「温暖化対策のための設備資金の需要獲得にもつながる」として金融機関の期待は大きくなっています。
10年間で108兆円
脱炭素関連の融資は世界的に広がっています。米JPモルガン・チェースは2021年4月、2030年までの10年間で再生可能エネルギーやグリーン技術に1兆ドル(約108兆円)を充てると発表しました。これまでの2倍超のペースに引き上げ専門チームも設立しました。ダイモンCEOは「低炭素経済への移行を早めるため、我々は自分の役割を果たす」と強調しました。スイス金融大手USBの推計によると、世界の銀行のクリーンエネルギー関連の年間融資額は2024年に石炭採掘・輸送など化石燃料の関連融資を上回ります。2030年には年6,760億ドルと2020年比で4倍超に拡大する予定です。
企業の脱炭素を促すのは、気候変動が金融機関にも大きな経営リスクとなるからです。「世界で1兆ドルの損失リスクがある」と米コンサルティング会社オリバー・ワイマンがはじいた数字が金融関係者を驚かせました。CO2排出1トンあたり50ドルの炭素税が課されると、企業が債務不履行を起こす可能性が最大3倍に上昇し、世界の金融機関は1兆ドルの損失を被ると試算しました。リーマン危機(約2兆ドル)のおよそ半分に上ります。炭素税はフランスで1トン約53ドルを課し、2030年までに100ドル超になる見通しです。日本も温暖化対策税が1トン289円(約3ドル)課されていますが、排出企業に課税する本格的な炭素税が検討されています。米国と欧州連合(EU)は温暖化対策が不十分な国からの輸入品に課税する「国境炭素税」も検討しています。融資先が変化に対応できなければ信用リスクが膨らみ、銀行経営に打撃となるわけです。
気候リスクの分析は始まっています。米シティグループは1トン50ドルの炭素税で、採鉱や生産など上流部門の企業ではCO2排出量が多くなるので「融資の内部格付けが3.5段階下がる」とみています。みずほファイナンシャル(FG)は融資先の事業転換が進まなければ、2050年までに電力部門などで与信費用が最大3,100億円程度増えると試算しました。
因みに与信費用とは、不良債権の処理に伴って金融機関に発生する損失の事です。融資先が破綻し、貸出金が回収できなくなる場合に備えて、損失として計上する貸倒引当金繰入額や、回収が不可能となり、確定した損失を計上する償却額などがあります。
三井住友フィナンシャルグループ(FG)も年間最大100億円、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)も同90億円と試算しています。現時点で「影響は限定的」と言うものの、NGOの推計では日本の3行の化石燃料融資は世界的に多いと指摘しています。
中小企業の脱炭素化を先導する地銀
中小企業の脱炭素化に向け、地域金融機関の役割が強まっています。地方銀行が地元の融資先に対して、温暖化ガスの排出などに向けた事業転換を促すための融資が広がっています。2021年6月に改正した産業競争力強化法などで、金融機関が利益を得られる仕組みも整いました。金融庁も2021年度内に金融機関を後押しする指針をつくりました。今後は人材やノウハウの共有が課題となります。
静岡銀行は「ポジティブ・インパクト・ファイナンス」と呼ぶ新たな手法を使った融資を2024年1月に中小向けで初めて契約しました。企業活動が環境や経済に与える影響を分析し、改善策を後押しする融資で、自動車シート縫製の平野ビニール工業を対象としました。
静岡経済研究所や日本格付け研究所と連携し、事業全体を対象に課題や影響を分析しました。気候変動対応に限らず、国連の「SDGs(持続可能な開発目標)」に沿った目標を設けました。平野ビニールは2030年までに営業車10台全てをエコカーに切り替えることや、外国人の技能実習生の社宅整備などを目標にしました。気候対応ではエコカー効果を含め具体的な温暖化ガスの排出量を測定しており、太陽光発電の導入などによる削減計画もつくる予定です。静岡銀はさらに2023年9月までに10件を決定する予定です。金利の引き下げなどの優遇はないものの、金融機関から環境や社会へのお墨付きを得られる仕組みとして注目されています。
温暖化ガスの排出削減などに関わる数値目標の達成で段階的に金利が引き下がる融資「サステナビリティ・リンク・ローン(SLL)」も広がっています。滋賀銀行は地銀で先駆けてSLLを始めており、これまでに関西の工事業者など8件に対して計約107億円を実行しました。外部評価は格付け投資情報センター(R&I)などと連携しています。2024年度に入ってからは、肥後銀行、京都銀行、群馬銀行、八十二銀行などが相次いでSLLの取り扱い開始を発表しています。
融資先の脱炭素を促す取り組みは現状では、大企業を融資先に持つメガバンクや比較的規模の大きい地銀にとどまります。地銀自身に人的資源やノウハウが不足することも多く、規模によって取り組みの温度差がさらに開く可能性が高いと言えます。新たな制度や指針が絵に描いた餅にならないよう、地道な取り組みを支えるための施策も求められていますが皆さんどう思われますか。