脱炭素革命(その7)…エネルギー安全保障と脱炭素問題
エネルギー安全保障と脱炭素
2022年2月に勃発したウクライナ危機で国際エネルギー情勢が一気に不安定化し、エネルギー安全保障が最重要課題になりました。他方、気候変動対応も決しておろそかにはできない世界レベルの問題です。こうしたなか、ウクライナ危機とエネルギー安全保障重視が、気候変動問題にどのような影響を及ぼすのかという困難なテーマを考えなくてはならなくなりました。
ウクライナ危機以前は、エネルギーにおける最大関心事項はカーボンニュートラル実現への取り組みをどう進めるかで、エネルギー問題は脱炭素で一色に染まっていたともいえます。しかし、エネルギー価格が高騰し、2021年冬に向けて、深刻な需給逼迫とエネルギー供給不足の発生が懸念されることになりました。
ウクライナ情勢により、エネルギーの安定供給・確保こそエネルギー政策の最も大事な基本要件であることを多くの国が実感しました。エネルギー安全保障への対応が現下の最重要課題になったのです。この変化が気候変動への対応に与える影響は複雑です。対応の時間軸の長さや、国や地域によって、まるで異なる対応がありうるという現実に直面したからでした。短期的には、気候変動対策強化に逆行するような動きが生じても不思議ではありません。特にエネルギー供給不足発生などの有事に際しては、エネルギー安定供給が全てに優先されます。二酸化炭素(CO2)排出が増えても、石炭火力発電活用もためらわない、という状況が生まれるからです。
これは、気候変動対策に熱心なドイツなどで起きている現実です。またエネルギー価格の高騰のなか、相対的に安価で安定供給が可能なエネルギー源として、発展途上国も含め石炭活用に動くケースも散見されています。ガス価格の高騰が、石炭シフトを後押しする結果も生まれています。
中長期的な観点では、欧州連合(EU)に象徴されるように、脱ロシアがそのまま脱炭素化に直結する場合もあります。EUは再生可能エネルギーを従来計画以上に推進し、水素導入や電力化促進も加速する計画です。英仏などでは原子力推進も動き出しています。これが奏功すれば、結果的に脱炭素化が大きく進展すると期待されます。
もちろん深刻な景気後退やエネルギーコスト上昇が発生する事態も想定され、各国が政治・社会的な安定に課題を抱かえるなか、こうした取り組みがそのまま順調に進むのかは不透明な状況です。長期的には、途上国でもエネルギーコスト上昇を可能な限り抑制し、成長と発展に必要なエネルギーの安定供給が重視され、一足飛びの脱炭素化ではなく、バランスの取れたエネルギー転換(トランジション)への関心が高まる可能性があります。
加えて、米国の動向にも注意が必要です。中間選挙だけでなく、次期大統領選挙の結果がエネルギー・環境政策に多大な影響を及ぼすというシナリオがありうるからです。ウクライナ危機によってもたらされた現実のもと、脱炭素化は今後も最重要課題であり続けますが、その歩みは「まだら模様」になることを覚悟しなければなりません。
ウクライナ危機がESG投資に逆風
2022年2月のウクライナ危機を受け、化石燃料への投資受給が高まるなど、ESG(環境・社会・企業統治)投資に逆風が吹いています。ESG重視の潮流は転換したのでしょうか。世界最大の資産運用会社、米ブラックロックでサステナブル投資グローバル責任者を務めるポール・ボドナー氏の見解を紹介します。
【質問1】
化石燃料や軍需関連企業など、ESG投資では投資対象から外すことが多い企業に注目が集まっています。運用会社のESG重視の姿勢は転換したのでしょうか。
「ロシアによるウクライナ侵攻で、長期的なサステナビリティ(持続可能性)の優先順位が変わっているという証拠は何もありません。2022年1月~3月のESGファンドへの資金流入額は以前より鈍っていますが、伸び率で見るとグローバルの一般的なファンド全体の約3倍です。エネルギー企業の株価上昇の背景には、ロシアの侵攻の影響だけでなく新型コロナウィルス禍からの回復でエネルギーの需要が高まっていることもあります。」
「長期的に見てESGに十分配慮した企業行動をとっているかはますます重視されます。株主だけでなく従業員や顧客、地域社会など全てのステークホルダー(利害関係者)に配慮している企業は価値があり、投資家に選ばれています。ロシアの侵攻に伴い、多くの西欧企業が制裁対象でなくても自主的にロシア事業から撤退しました。ステークホルダー資本主義によって企業が正しいと思う行動をとるのが重要だと示された形です」
【質問2】
エネルギーの安全保障の視点からも化石燃料に注目が集まっています。安全保障と50年までの温暖化ガス排出量ゼロの達成は両立できるのでしょうか。
「脱炭素化の推進がエネルギー安全保障の強化につながると考えます。欧州連合(EU)を見ても他国の化石燃料に依存することが、安全保障上、いかに問題かというのが明らかになりました。ロシアのウクライナ侵攻でガソリンや天然ガス、石炭の価格が上がれば、中期的には(相対的に割安になった)クリーンエネルギーの拡大を加速させる材料になります。
【質問3】
脱炭素の推進には何が必要でしょうか
政府は明確な政策の方向を打ち出す必要があります。日本政府は移行金融の枠組みとして、業種別の排出削減に向けた工程表を提示しています。こうした仕組みは非常に強力な支援と言えます。鉄鋼や化学など排出量の多い産業はひとっ飛びに排出実質ゼロにはできません。技術革新や実用化を進めるため政府の支援や金融のサポートが必要です。
【質問4】
欧州や米国、IFRS財団などがESGの情報開示基準づくりを進めています。
「投資家が正しく判断するには大量のデータが必要です。IFRS財団傘下の国債サステナビリティ基準審議会(ISSB)が出した基準案は比較可能なデータの基盤となり、歓迎します。開示情報の量と質の充実に加え、標準化されれば比較可能性が高まり投資家にとって有益なものになります。」
以上見てきましたように、2022年2月に勃発したウクライナ危機で国際エネルギー情勢が一気に不安定化し、エネルギー安全保障が最重要課題になりました。気候変動対応も決しておろそかにはできない世界レベルの問題ですが皆さんはどう思いますか