脱炭素革命(その9)…EV開発の現実的な軌道修正
2024年5月29日日経新聞掲載された早稲田大学藤本隆宏教授のEVの開発方針に関する論説です。非常に納得の行く内容でしたので紹介します。
世界の二酸化炭素(CO2)排出量は推定で年間300億トン強に達する。日本の総排出量(2025年度)は約10億トンで、このうち自動車が約1.6億トンを占めています。その迅速な削減は最重要の課題です。
ところが自動車分野では、なぜかバッテリー式の電気自動車(EV)のみが唯一の正当かつ有効なCO2削減手段であるかのごとき議論が国際的に流行し、各国の自動車産業政策にも影響を与えています。EVは確かに自動車のCO2排出削減に大きく貢献しうる手段ですが、あくまでも手段の1つです。
地球温暖化のように技術や市場の不確実性が大きい長期課題の場合、早い段階で一つの手段(例えばEV)に絞りこむのは良策とされません。複数の代替案を残し「総力戦」で臨むのが意思決定論の常道と考えます。
昨今、極端なEV一辺倒論が退潮気味であるのは、その意味で合理的・現実的な軌道修正と言えます。筆者は、21世紀前半はEVを含む動力源の多様化の時代が続くと論じてきました。その根拠を以下で説明します。
第一に、走行距離・使用環境・電源構成・電池搭載量などにより、CO2排出量が最小となる車種は異なり得ます。
ここで大事な前提は、各自動車のCO2排出量の合理的な測定方法は、①車両走行からの直接の排出量だけでなく、②発電時の排出量(電源構成により異なります)、③生産段階(電池生産も含みます)、④廃車段階の発生量、を全て含むライフサイクルアセスメント(LCA)だということです。
つまり、保有車両の「年間走行距離×走行距離あたりCO2発生量(発電を含む)」に、開発・生産・廃車段階でのCO2発生量を足したものとなります。
EVは電池搭載量が多い分、生産時のCO2発生量が大きいといえます。これを取り返して総排出量で内燃機関を下回るには、独フォルクスワーゲン(VW)の2019年の推計では10万キロメートル以上の走行が必要とされます(数値は条件設定次第で変化します)。
特に日本では、大都市圏を中心に年間走行距離が概して短いです。車両寿命が平均14年(電池寿命はそれ以下)とすれば、LCA評価ではEVのCO2発生量が最小とは限りません。運転行動や走行条件が異なれば、CO2発生量が最小の車種は変わり得るわけです。
第2に、技術革新の可能性・不確実性を考慮すべきです。2次電池のエネルギー密度向上やコスト低減など、EVの進化は今後も進むと考えられます。しかし同時に、温暖化ガスの排出量が実質ゼロとなるカーボンニュートラル燃料、例えば水素とCO2による合成燃料の技術革新も進みます。
仮に将来、脱炭素発電と合成燃料の比率が共に100%に近づけば、それらで走るEV、ハイブリッド車(HV)、内燃機関車もカーボンニュートラルに近づきます。あとはユーザーが生活や嗜好に合わせて自分の車を選べばよいわけです。そうなれば、内燃機関やHVの技術競争も続くと思われます。
第3に、脱炭素が国家目標だという社会的合意があるとしても、市場経済である限り需要サイドを無視できません。自動車の全セグメント、全用途、全価格帯でEVが他を圧倒する商品力を持つか否かは未確定です。例えばスマートフォンは使用時にユーザーの「ワクワク体験」が累積し、爆発的な普及と行動変容につながりました。これに対して現状のEVは、普及の過程でむしろ「イライラ体験」が多発する可能性があります。例えば車両や電池交換価格の高さ、実用航続距離の短さやバッテリー切れ、充電時間の長さ、電池の劣化や爆発のリスクなどです。
EV自体の商品力が万全ではない中で、EV補助金や非EV車の生産制限などで各国政府が強引な普及策をとっても、いずれ財政面などで限界に達します。むしろ合成燃料を含め、多様な動力源を残して技術競争を促す政策が望ましいと考えます。皆さんどう思われますか。