脱炭素革命(その10)…保護主義が招くEV不況
脱炭素革命(その9)では2024年5月29日日経新聞に掲載された早稲田大学藤本隆宏教授の「EV一極の開発では問題あり」とする論説を紹介しました。今回はそのことが現実に起こってきたことを示す2024年10月4日日経新聞掲載記事です。
世界で電気自動車(EV)の販売が減速しています。トヨタ自動車も北米工場の生産延期など戦略の見直しを始めました。変調の背景には中国を排除する米欧の保護主義政策があります。中国に依存しない電池の供給網を構築できず、販売価格の高止まりによりEV不況を招いています。短期間で脱中国を実現するのは難しく、専門家はEV販売の減速が長期化するとみています。
中国勢突出で摩擦生む
2024年9月、ニューヨーク市内のトヨタ販売店。EV「bZ4X」のリース支払総額を尋ねると、3万ドル(440万円)以下を提示されました。店頭価格から実質4割安となります。EVは脱炭素に向けて、各国が普及を急いできました。だが、大幅値引きを迫られるほど、EV販売は鈍化しているわけです。米S&Pグローバルによりますと、世界のEV販売の伸び率は2022年に前年比58%増でしたが、24年は9%増に留まる見通しです。
苦戦が続くテスラは2024年9月2日、7~9月期の世界販売台数が前年同期比6%増の46万2890台だったと発表しました。3四半期ぶりにプラスになったとはいえ、市場予想には届かず株価は一時6%安となりました。EV販売が振るわないのは充電網などの整備の遅れに加え、EV価格の高止まりが影響しています。その背景にはEVで突出する中国に対する保護主義政策があるようです。
中国は国策で生産能力の拡大は需要を上回るペースで進み、価格破壊を起こしてきました。価格競争力は突出し、世界のEV販売で上位10社中半数近くを中国勢が占めます。EVなど新エネルギー車の中国最大手、比亜迪(BYD)は2024年9月の新車販売台数が前年同期比46%増の41万9426台と初めて40万台を超えました。
だが、ひずみも大きいといえます。中国では新エネ車分野で少なくとも50社以上が乗用車を生産し、競争が激しいわけです。中国が活路を求めて来ているのが輸出です。中国汽車工業協会によると、2023年の輸出は約120万台と2022年比で78%増えました。輸出増加が世界で摩擦を引き起こしている訳です。米政府は9月末、中国から輸入するEVへの制裁関税を25%から100%に引き上げました。脅威を増す中国車への対応を先鋭化しています。
米国は早くから中国車の締め出しを図ってきました。2022年8月にEVなどの新車を購入する消費者に対し最大7500ドルを税額控除するインフレ抑制法(IRA)が成立しました。ただし、中国製電池を使ったEVは対象外とし、中国車の排除を狙いました。その副作用として、価格の高止まりを引き起こしています。原因は中国がほぼ独占する低コストのリン酸鉄リチウムイオン(LFP)電池の供給網を、米国で構築できていないことにあります。
S&Pデータを基に5年間のEV価格を比べたところ、2019年は米欧とも5万ドル強でしたが、2024年は6万ドル弱まで高くなりました。3万ドル前後の中国との価格差も広がりました。電池技術も中国が突出しています。特許調査会社パテント・リザルトが調査したところ、この10年間のLFP電池関連の累計特許件数は中国が世界の6割強を占めています。10月2日、テスラは中国から調達するLPF電池を使う「モデル3」の廉価モデルについて、注文の受付をやめたことが明らかになりました。安い電池が手に入らないため、EVの販売価格は高くなります。販売価格が下がらなければ、量も増えません。EV販売を推進する政策のはずが、消費を冷え込ませています。
米GMは2024年9月、ホンダとの関係を見直し、韓国・現代自動車と組み替えました。韓国の電池を確保する狙いもあります。EV販売の減速が世界再編を引き起こし始めています。米国は大統領選挙でIRAの継続も焦点となっています。推進派のカラマ・ハリス副大統領が勝利しても短期間で電池の供給網を構築できず、EV販売の落ち込みは続くとの見方が多くなっています。
S&PのN氏は「消費者の手が届きやすい3万ドル以下の安価なEVを造れなければ、EV減速は長期化する」と指摘します。保護主義は世界で広がっています。欧州連合(EU)は7月に安いEVを輸出する中国勢に追加関税を課すと発表し、自国産業の保護に走りました。だが、追加関税は中国で生産し輸入する完成車のみが対象です。米国のIRAの様に部品・材料が中国産かどうかは問いません。従って、追加関税で中国企業が対象となるのはわずか4割にとどまります。
より割合が大きい中国で生産する欧米企業の輸入車も追加関税が必要となります。そのため、欧州での販売価格を押し上げる皮肉な結果となっています。中国勢に絞れないのは、中国への配慮があります。欧州最大手は新車販売の3割前後を中国が占め、単独国では最大市場となっているからです。中国はEUの追加関税への報復として、欧州勢が得意な高級エンジン車を対象とした関税引き上げを検討しています。保護主義が対立の過熱を招き、欧州企業の業績を下振れさせる恐れがありますが、皆さんどう思われますか。