ESG投資とSDGs(その4)…ESG市場に波乱の芽

 2022年時点でESG(環境・社会・企業統治)ファンドから資金が流出しています。テクノロジー株が主体で、ESG運用における組み入れ比率の高いナスダック市場で顕著でした。IT(情報技術)に偏重した運用方法が足元の金融引き締めで裏目に出て、成績が急激に悪化したためです。ESGが目指す脱炭素など社会的課題の解決と投資リターンの両立をどう実現させるか。中長期の普及に向け、正念場を迎えました。

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 「ESGは荒れ相場に強いという言説は幻だった」と、ESGを長年ウォッチしてきたある国内証券のストラテジストはこう打ち明けます。ESGに積極的な銘柄に投資することを掲げ、運用資産210億ドル(約2.8兆円)を持つ「iシェアーズESGアウェアMSCI米国ETF」の基準価格は2021年末から19%安と1年半ぶりの安値圏に沈みました。同時期の米ダウ工業株30種平均の13%安に比べ下げがきついと言えます。

 米調査会社EPFRによりますと、2022年3月に欧州のESGファンド全体から、遡れる2000年以降で最大となる41億ドルの資金が流出しました。5月まで3ケ月連続で流出超が続いています。米国全体のESGファンドも5月に約3年半ぶりに流出超となりました。

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 これまでの定説は、ESG銘柄には短期の上げ下げに一喜一憂せず中長期的な成長を期待するマネーが入っていることから、下げ相場でも底堅いはずだ、というものでした。ただ、ファンドの運用実態は投資家の期待にそぐわないものでした。構成銘柄が米マイクロソフトやアップルといったハイテク企業に偏っているESGファンドは多く見受けられます。多くのハイテク企業は金融緩和下で世界中の余剰マネーを集め株価はうなぎ登りだったほか、脱炭素に意欲的で格付け会社のESG評価も高く、ESGファンドはこぞって投資しました。一方で温暖化ガス排出が多い重工業や石油関連などエネルギー企業からは軒並み手を引きました。



 ところが、2022年は3月以降に世界中で金融引き締めが進みました。ハイテク株は割高感が強まり株価は大きく下落しています。ウクライナ危機で世界経済は当面、再生可能エネルギー以上に化石燃料に頼らざるを得ないことが分かり、エネルギー関連企業の株価が高騰するなど想定外の不幸もかさなりました。

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 マネーの力で脱炭素など社会的課題の解決につなげつつ、リターンも生むというESGの方向性は正しいと言えます。ただ、リターンが得られなければマネーは離れます。JPモルガン証券のS氏は「ESGは社会的課題の解決と利益を両立させるアイデンティティー・クライシス(自己喪失)に陥っている」と表現します。ESGへの不信が強まるなか、ESGそのものに反対する動きも台頭しつつあります。米東部のウェストバージニア州は6月10日、化石燃料の関連企業からダイベストメント(投資撤退)する金融機関に対して、州との契約相手から除外するほか、州と取引したい場合にはダイベスメントをしないことを約束させる州法を発効させました。すでに南部テキサス州や中西部オクラホマ州でも同様の州法が整備されています。

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 再び投資マネーをひき付けるには運用方法の改善が欠かせません。スウェーデンの金融大手SEBは4月から、自社グループの運用するファンドで兵器開発など防衛に関連した銘柄に投資できるようにしました。防衛産業は多くのESG投資の対象外でしたが、SEBはウクライナ危機を受けて核兵器などを除く通常兵器を「持続可能な社会に必要」として投資基準を改めました。

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 米資産運用大手のブラックロックは5月、投資先への議決権行使の方針について「2022年は気候関連の株主提案を支持する割合は少なくなるだろう」と発表しました。同社は2021年、75%の環境関連の議案に賛成票を投じるなどESG推進の代表格とみなされますが、現在「少なくとも短中期的には、従来のエネルギー源と再生可能エネルギーの両方に投資する企業が魅力的なリターンを生み出す」と主張しています。

 米従業員退職所得保証法(エリサ法)は資金運用者に対し、資金拠出者の利益を最重視する義務を課してきましたが、バイデン米大統領はESG要因を考慮した運用を可能とする大統領令に署名しました。これは資金運用にESG投資を認めますのでESG投資の追い風になります。一方、日米欧金融当局は「グリーンウォッシュ」と呼ばれる、見せかけのESG投資の排除に乗り出しており、これは反対にESG投資の冷や水になりそうです。今編の工作した状況を皆さんはどう思われますか。



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