ESG投資とSDGs(その5)…ESG債における変わりゆく主役

脱炭素へ移行債拡大

 ESG(環境・社会・企業統治)債を発行する主役が変わりつつあります。日本取引所グループ(JPX)によりますと、2022年度末のESG債(気候変動関連)の発行残高は5兆円に達し、電気・ガスや鉄鋼などの企業も発行に動き始めました。温暖化ガス排出量が多い企業の脱炭素への移行を支援するトランジション・ボンド(移行債)の普及などが背景にあり、政府も後押しする方針です。(2023年6月23日 日経新聞掲載記事)

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 これまでESGの主役はグリーンボンド(環境債)で、太陽光・風力発電などの環境関連事業が主な使途でした。不動産や鉄道などの企業は発行に積極的でしたが、顔ぶれは限られていました。こうした状況が足元で変化しています。2017年度末時点ではESG債のうち、環境債の割合が100%でしたが、2022年度末には53%まで低下しました。環境だけでなく社会的な課題に取り組むためのサステナビリティボンド(28%)、環境や社会関連の達成状況に応じて金利などの条件が変わるサステナビリティ・リンク・ボンド(SLB、10%)、移行債(7%)などの発行が増えています。

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 特に増加が目立つ移行債は、中長期的な脱炭素への移行に取り組むために発行する債券です。鉄鋼や化学など温暖化ガス排出量が多い産業での利用が進みます。JFEホールディングスは製鉄工程の省エネルギー化などに充てるため300億円の移行債を発行しました。同社は「ESGファイナンスへの投資家ニーズが増えると見ており、資金調達手段の多様化に資すると考えた」と述べています。





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 三菱重工業は2022年9月に100億円分の移行債を発行しました。二酸化炭素(CO2)を出さない水素燃料のガスタービンやCO2回収技術の開発に充てています。東京電力ホールディングスと中部電力が折半出資するJERAも200億円の移行債を発行しました。

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 環境や社会関連の達成状況に応じて金利などの条件が変わるSLB(サステナビリティ・リンク・ボンド)の発行も増えています。オリエントコーポレーションは2022年2月に100億円発行し、7月上旬にも100億円程度を予定しています。2022年6月に50億円発行したオカムラは、2025年度に温暖化ガス排出量を2020年度比25%削減する目標を設定しました。「サステナビリティへの考え方、取り組みが幅広く認知されることを目的に発行した」と述べています。背景にあるのが、政府による積極的な後押しです。

 政府が移行金融の定義を明確にしたことで、企業は発行に動きやすくなりました。みずほ証券のK氏は「政策的な支援整備が進み、移行債の発行は世界的にも進んでいる」と話しています。世界では、金利上昇やウクライナ侵攻に伴うエネルギー危機などでESGに逆風が吹いています。みずほ証券によると2022年の世界のESG債発行額は9630億ドルと2021年から2割弱減りました。ただ、長い目で見れば、脱炭素が世界的な課題であることには変わりはないと言えます。

 日本はこれまでの出遅れもあり、伸びしろが大きいと言われています。ESG債の2022年度の発行残高は2021年度比で5割増えました。政府も「GX(グリーントランスフォーメーション)経済移行債」という新しい国債の発行を検討し、2023年度からの10年間で20兆円規模を発行する考えです。

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 課題もあります。移行債は基準がまだ比較的緩いこともあり「グリーンウオッシュ(見せかけの環境対策)」の懸念がくすぶっています。日銀の調査では、ESG市場について「第三社機関による外部評価の重要性が一段と高まっている」との指摘が寄せられています。事業の透明性確保や効果検証が市場拡大のカギを握ると言えそうですが、皆さんはどう思われますか。



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