ゲームの理論を探る(その6)…関税問題における無意味な報復措置

米国のドナルド・トランプ大統領の関税に関する基本的な考え方は、「関税を高くすれば、米国への輸入品が高くなるので、内製品への需要が高くなる。そうすれば米国内企業の生産活動が活発となり、米国民の雇用の向上につながる。更には、輸入品に関税を掛けることにより、税収が増え米国の貿易収支が大きく改善する」というものです。これによるアメリカ・グレートの実現を推進しようとしています。
トランプが考えている関税には、追加関税と相互関税の2種類があります。

追加関税には、2025年2月1日に発動された、カナダとメキシコ産の全製品への25%追加関税、中国産の全製品への10%の追加関税があります。いずれも既存の関税率に25%、10%の率が上乗せされます。また、2025年4月3日に発動される自動車への25%追加関税もあります。日本を含む全ての国・地域から米国に輸入される自動車に25%追加関税を課すものです。米国は現在輸入される乗用車に2.5%、トラックに25%の関税を掛けています。発動後は乗用車の関税は27.5%、トラックは50%となります。
相互関税は「関税には関税を」という考え方に基づくもので2025年4月3日に発表されます。その根底には、米国が低関税で市場を開放しているにも関わらず、相手国が高関税で市場を保護しているのは、不公平だというトランプ大統領の思考を色濃く反映するものです。
以上の状況の下、相手国が自国の輸出品に対して不当に高い関税をかけた場合、その相手国からの輸入品に対して(報復として)高い関税をかける報復関税の議論が巻き起こっています。そこで、今回ゲームの理論を用いて、報復関税をやるべきかどうかを考えてみます。
利得設定
・ 両国が関税率維持政策を採った場合、両国の間は協調が保たれますので(0、0)
・ 両国が関税率引上げ政策を採った場合、敵対の中での睨み合いとなり(-5、-5)
・ 両国の戦略が異なる場合、関税率引き上げた側は当面は有利であり、関税率維持を押し付けられた側は不利となります(+5、-8)
最適反応の検討
A国側に立って最適反応を考えます。

・ B国がB1の関税率維持を採った場合、A国はA1の関税率維持で0、A2の関税率引き上げで+5となりますので、関税率引き上げ+5を採ります。
・ B国がB2の関税率引き上げを採った場合、A国はA1の関税率維持で-8、A2の関税率引き上げで-5となり、関税率引き上げ-5を採ります。
B国側に立って最適反応を考えます。

・ A国がA1の関税率維持を採った場合、B国はB1の関税率維持で0、B2の関税率引き上げで+5で、関税率引き上げ+5を採ります。
・ A国がA2の関税率引き上げを採った場合、B国はB1の関税率維持で-8、B2関税率引き上げ-5で、関税率引き上げ-5を採ります。

ナッシュ均衡は両国関税引上げの(-5、-5)の場所に現れます。このパターンは囚人のジレンマと同じで、相手の情報さえ得られれば互いに価格維持の場所(0、0)へパレート改善でき、そこがパレート最適となります。
しかし、関税問題は囚人のジレンマのパターンではありますが、このままでは互いに高い関税率に引き上げたままで睨み合っているナッシュ均衡(-5、-5)から両国が低い関税率を維持する状況(0,0)へ移動する方法は見当たりません。そこで、考えられるのが相手を意識した戦略です。
相手を意識した支配戦略
お互いが最適な対応をすることを基本としたナッシュ均衡戦略に対して、それとは別に相手を意識した戦略もあります。それが支配戦略です。これは意図的にリスクを取り仕掛ける戦略です。相手がどの戦略をとっても、常に同じ戦略を採る事を言います。例え自社がマイナスになっても、相手のマイナスよりも低ければ、マイナスを選ぶ戦略法です。利得表を使って説明します。
A国の支配戦略
利得表は囚人のジレンマのパターンですが、A国はパレート最適の(0、0)の状態でリスクを取れば関税引上げ戦略をB国の戦略に関わりなく採用できます。なぜならば、B国が関税率維持政策を採る場合には、A国は関税率維持の利得0よりも、関税率引き上げの+5の方が有利であるし、B国が関税率引き上げ政策を採る場合には、同じくA国は関税率維持の利得引き上げの-8よりも、関税率引き上げの-5の方が利得が有利となるからです。
この強硬姿勢をA国の支配戦略と言います。強硬姿勢を取る戦略なのでナッシュ均衡とはまた違います。
B国の支配戦略
B国についても、同様の戦略が取れます。すなわち、B国もパレート最適の(0、0)の状態でリスクを取れば関税引上げ戦略をA国の戦略に関わりなく採用できます。なぜならば、A国が関税率維持政策を採る場合には、B国は関税率維持の利得0よりも、関税率引き上げの+5の方が有利であるし、A国が関税率引き上げ政策を採る場合には、同じくB国は関税率維持の利得引き上げの-8よりも、関税率引き上げの-5の方が利得が有利となるからです。
この強硬姿勢をB国の支配戦略と言います。強硬姿勢を取る戦略なのでナッシュ均衡とはまた違います。
お互いが支配戦略を採用した場合、右下の-5、-5のようなお互いが同じ損失を受けることを支配戦略均衡といいます。この状況はまさに囚人のジレンマに陥っています。
この利得表において、A国の関税維持とB国の関税維持の合計は0なので、利得は最大になり最適資源配分といえます。ですがA国の関税引上げとB国の関税引上げの利得の合計は-10なので一番小さくなっています。つまり各プレイヤーが支配戦略を選んだ結果、自分達の利得は最小になってしまいました。このように支配戦略均衡が社会的に最適資源配分にならないことを囚人のジレンマといいました。
そして支配戦略下で生じた支配戦略均衡状態(-5、-5)では、フォークの定理が働いてとは、囚人のジレンマのような共倒れをやめて、その状況から脱却し、社会的に望ましい状態にすることが自然と行われます。望ましい状態とは現実の均衡の事です。
トリガー戦略
このようにリスクを冒してまでも望ましい均衡を得ようとを具体的な戦略に落とし込んだものがトリガー戦略です。例えば、隣の村に襲撃に行って財産を奪って儲かっても一回で済むならいいのですが、必ず報復され奪われてしまいます。つまりこっちが仕掛けると、向こうもやり返してくるので、お互い何もしない方が逆に平和になる、ということです。
町で見かける宣伝には下記が良く見かけられますが、
・ 他社よりも1円でも高い場合は、教えてください。
・ 他社よりもお得な価格で提供できます
という宣伝の仕方はまさにトリガー戦略となります。

このトリガー戦略は、相手に対して、もし何かやるならこっちもやるぞ!という戦略です。ライバルが一度でも裏切って非協調戦略を採用したら、その後は永遠に非協調戦略を採用する戦略のことです。このトリガー戦略は核兵器にも使われています。もし核を打ってくるなら、こっちも打ち返す、というような抑止力にもなるのです。裏切った代償を大きくすることでライバルに協調戦略を仕向けるのです。
A国の裏切りとB国の報復時の利得表
まずA国が裏切ります。利得は(+5、-8)となります。B国は相手の裏切りで利得が-8と大きく落ち込みますので、報復関税をかけます(-5、-5)。囚人のジレンマとなり、暫くすると、フォークの定理で自然に望ましい状態(0、0)へと移ります。
報復に出た時の利得表
今度はB国が報復にでます。利得は(-8、+5)となります。A国はA1の関税維持からA2の関税引上げに戦略変更します(-5、-5)。囚人のジレンマとなり、暫くすると、フォークの定理で望ましい状態(0、0)へと移ります。
裏切った結果
結局裏切った時には、+5となりますが、すぐにお互いが関税引上げの(-5、-5)の状態になり、これが望ましい状態の協調状態に帰ります。そして、今度は相手側が報復してきます。しかし、これもすぐに関税引上げの(-5、-5)の状態になり、これが望ましい状態の協調状態に帰ります。この間、関税率はどんどん上がっていくという結果となりなんのメリットもありません。
トランプ大統領の関税政策に対する中国や欧州の報復関税は、今回のゲームの理論で見るように長期的にはマイナスとなります。皆さんはどう思われますか。