ゲームの理論を探る(その9)-雑誌販売戦略にみる戦略的思考の重要性

 戦略的に物事を考える場合には、常に相手のことを考えなければなりません。相手を意識する最低ラインは50%で、40%、30%のシェアであれば、無視しても良いと考えられます。相手を気にかけ始めるのは相手のシェアが当方の50%に近づいた辺りからだと言えそうです。

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 戦略的な分析法や思考法の中心になるのが、「均衡」と「先読み(情報入手)」の考え方です。なお、ここでは梶井厚志著「戦略的思考の技術」ゲーム理論の実践、中公新書、2002年版を参考にしています。

【状況設定】

 2つの競合する週刊誌AとNがあります。両誌とも発売日は火曜日で、潜在的な購読者は10万人います。読者のほとんどは、両誌ともに目を通すことはなく、両方ともに面白そうな見出しが出ているときは、どちらか1つだけを買います。

 さて、ある週の見出しになりうる重大記事は、「とある銀行の破綻に関する経済関係の記事」と「ある議員の逮捕に関する政治関係の記事」の2つしかありませんでした。A誌の編集部では、経済関係の記事の見出しに興味を感じる読者が6万人、政治記事の見出しに興味を感じる読者を4万人と見積もっていました。

 両方に興味を持っている読者はいないものとします。A誌はどちらの見出しを選ぶべきでしょうか。

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1. ゲームの理論使わずに検討する場合

【利得表の設定】

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・ 上図の見方は、A誌の見出しを中心に考えます。

① A誌が「経済」でN誌が「政治」を選べば、A誌の得られる読者数は6万人 〇
② A誌が「経済」でN誌も「経済」を選べば、A誌の得られる読者数は6万人を半分ずつ奪い合うことになり3万人 
③ A誌が「政治」でN誌が「経済」を選べば、A誌の得られる読者数は4万人〇
④ A誌が「政治」でN誌も「政治」を選べば、A誌の得られる読者数は4万人を奪い合うことになり2万人

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【考察】

・ 今回の例では、A誌の得策は①と③で、A誌は必ずしも「経済」を見出しとすれば良いとはなりません。結論は、この環境では相手の見出しと重ならない様にするのが好ましい戦略であると言えます。

2. ゲームの理論を駆使して検討する場合

【利得表の設定】

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・ これまでは、相手が「政治」の見出しを出すのと、「経済」の見出しを出す可能性を半々として考えてきました。しかしながら、N誌の見出しの可能性を半々に見積もるというのは、戦略的思考からすると少々物足りません。
・ 両誌は長い間の競争相手で、書く記事も似たようなものであるとすると、読者の数の見積もりでそう大きな差が出るとは考えにくいといえます。そこでN誌の方でも経済関係の記事の見出しに興味を感じる読者が6万人、政治記事の見出しに興味を感じる読者が4万人であると見積もっていると考えるのがA誌にとって自然です。
・ 単純戦略との決定的な違いは、単純戦略ではA誌だけの予想で戦略を立てているに過ぎませんが、ゲームの理論ではA誌の予想とN誌の予想を対比して検討している点です。

・ まずA誌の見出しを中心に考えます。

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① N誌が経済を選ぶ場合、A誌は経済で3万、政治で4万なので、4万の政治を選択します。
② N誌が「政治」を選べば、A誌は「経済」で6万、政治で2万なので、6万の経済をえらびます。




・ 次にN誌の見出しを中心に考えてみます。

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① A誌が「経済」を選ぶ場合、N誌は経済で3万、政治で6万なので、6万の政治を選択します。
② A誌が「政治」を選ぶ場合、N誌は経済で4万、政治で2万なので、4万の政治を選択します。


【考察】

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 どのプレーヤーも戦略を変更する誘因を持たない、お互いの最適化の組み合わせであるナッシュ均衡は、(6、4)、(4、6)の2ケ所できます。また、同時に複数ある組合せのなかで、全体の利得が最大となる組合せパレート最適にもなっています。

 ナッシュ均衡とは、相手がある方策で来た場合の当方の最適な対応策を意味します。従って相手の方策が判っておれば自分にとって最適な方策立てることができます。しかし、今回はナッシュ均衡は2カ所ですので相手がどの方策で来るかは分かりません。勝負に勝てるかどうかは相手の方策を予測する精度で決まります。

【状況打破】

 このような状況を打破するためにどうしたらよいのでしょうか。色々な手段が考えられます。

対策1.
 考えられる戦略の1つは、より良い記事を書くということです。そうすれば、仮に見出しがかち合っても、読者はより良い記事が書いてある雑誌を買います。もし、N誌がA誌の経済記事の質とは太刀打ちできないと悟っているならば、自然に政治の記事を選ぶことになります。

対策2.
 
 こんなとき、発売日をずらすのは有効な戦略です。もし、A誌がN誌よりも前に発売され、それに応じてN誌が対応するとなると、戦略的環境は一変します。A誌が見出しを決める際に、N誌の行動を予測しなければならない状態に変わりはありませんが、A誌が見出しを決定したあとのN誌によっての戦略的環境は非常に単純なものになります。

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 N誌にとって、A誌がすでに「経済」の見出しをつけてしまった後で、「経済」で対抗するのは馬鹿げています。A誌の「経済」の見出しに対しては、「政治」の見出しをつけて4万人の読者を獲得する方が競合する見出しをつける3万人より勝っているから、N誌は「政治」の見出しをつけるのがベストなのです。

 A誌の立場からすると、もしA誌が「経済」見出しで発売したならば、N誌は「政治」の見出しで対抗すると予測するのが順当です。つまり、A誌は発売日を前倒しすることにより、それぞれの戦略を取った後に、相手がどのように反応するのかを、相手の利害を考慮に入れて先読みすることが可能となります。

 戦略的な分析法や思考法の中心になるのが、「均衡」と「先読み」の考え方です。今回は、非常に単純な寓話を例にとり、「均衡」と「先読み」の戦略的思考はどのように使われるものなのか、その原則を明らかにしました。皆さんはどう思われましたか。



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