インドの将来性を見る(その4)…インド権威主義化揺るがす雇用・農村・宗教
2024年6月18日:日経新聞掲載記事(中溝和弥京都大学教授)参考

インド総選挙は、与党インド人民党(BJP)の獲得議席が240議席と過半数(272議席)を大きく割り込み、与党連合も29議席にとどまりました。対する野党連合は、インド国民会議派を中心に議席を伸ばし、234議席を獲得しました。

今選挙の最大の意義は、インドの民主主義がまだ生きていたことを示したことにあります。モディ首相は2014年の就任以来、様々な手段を用いて民主主義を切り崩してきました。野党有力指導者を汚職嫌疑などで逮捕し長時間拘禁しました。政権に批判的なメディアをテロリストだとして逮捕しました。そして何よりも雌牛保護団のような自警団の活動を黙認し、ムスリム(イスラム教徒)など宗教的少数派に対する暴力を放置してきました。筆者はこれらを「権威主義革命」と指摘しましたが、今回の選挙では有権者がこれを拒絶しました。だからこそ野党連合とその支持者が「民主主義の勝利」と歓喜する一方、勝ったはずのBJPが意気消沈したのです。
選挙結果を読み解く鍵は3つあります。雇用・インフレなどの経済問題、農村、そしてヒンズー至上主義です。

最重要争点の一つは雇用問題でした。世代別に見ますと、雇用問題に関心が高い若年層(18~29歳)のBJP支持率は30.4%と最も低くなっています。発展途上社会研究センター(CSDS)の調査でも、25歳までの支持率は前回から1ポイント、26~35歳は2ポイント低下しています。10年の統治を経ても失業問題を解決できないことが、支持率低下につながった可能性があります。

次に農村です。今回、与党連合は農村部での得票率を前回から2.2ポイント減らしました。その背景には、農業改革3法を巡る迷走があります。農業自由化を骨子とする3法に、農民は農産物の最低価格保証の撤廃を招くとして強く反発しました。
最後がモディ政権のヒンズー至上主義です。特に問題となったのが、イスラム教を振興するムスリム移民を排除した2019年の市民権法改正法です。宗教的帰属を国籍の要件とする独立後初の法律はヒンズー国家実現への布石とみなされ、大規模な抗議運動が展開されました。モディ政権は運動を徹底的に弾圧するとともに、コロナ禍に乗じて唐突に全インドの封鎖を宣言し、運動を強引に終結させました。CSDSの調査によれば、ムスリムの与党連合支持率は10%で前回より1ポイント伸ばした一方、野党連合支持率は65%で、会議派が5ポイント、連合諸党が15ポイントそれぞれ伸ばしました。

今回は10年ぶりに中心政党が過半数に達しない連立政権となりました。常にBJPを圧勝に導いてきたモディ首相にとって初めての経験です。今後どのような事態が起きうるのでしょうか。
第一に政権は不安定化します。与党連合の中で大きな議席を占めるテルグ・デサム党とジャナタ・ダル(統一派)が離反すると政権は崩壊します。両党の要求が満たされない場合、連立離脱に発展する可能性があります。
第二に仮に今後政権交代が起きても、経済政策に大きな変化はないと考えられます。むしろモディ政権下でこそ、唐突な高額紙幣廃止(2016年)や全インド封鎖(2020年)など経済成長を阻害する政策が断行されました。会議派政権の方が経済政策は安定していました。

第三にヒンズー国家の実現は停滞を余儀なくされる可能性が高いと言えます。BJPは公約として長年、統一民法典制定を掲げていました。いまだ実現していないのは、約2億人いるムスリムの生活に与える影響が最も大きく、それゆえに困難だったからです。これを強行すれば政権が崩壊する可能性が高くなります。
第四にモディ首相の権威主義革命が鈍化することも予想されます。政敵を倒すために国家機構を自在に操る手法に制限がかかる可能性があります。この点は、重要性を増した連立パートナーのけん制にかかっています。
モディ首相に対する過度な期待を捨てる時が来たように思えます。インド国民は、モディ首相が壊してきたインドを取り戻す契機をつくりました。建国の父ガンジー、初代首相ネールが目指した多様な人々が共存するインドという理想はまだ生きています。今回のインド総選挙の結果は、民主主義の後退に直面する世界にとっても一条の光となると考えます。

インドへの投資を考える時、インドの地政学的リスクおよび政治的立場を検討しておくことは重要です。インドの地政学的リスクは前回のブログで見てきましたが、今回の中溝京大教授のインド政治に関する見解については皆さんどう思われますか。